認知症を早くみつける!東大生のブログ

認知症の早期診断・早期対応政策を、地方自治体職員の方や議員の方に提案しております。その他、市民団体・認知症関連団体・企業の方と協働して、認知症啓発活動にも取り組んでいます。政策企画やマニフェスト作成、議会質問、各種啓発活動のご相談はお気軽にinfo@policym.orgまで。NPO法人政策会議が活動母体です。

NPOを中心に地域が一体に!日本からも視察が続々訪れる、街をあげた認知症政策とは?【海外事例③:ベルギー(ブリュージュ)】

こんにちは。
今回は、
デンマーク・ドイツに続く「認知症海外事例シリーズ」第三弾をお送りします。
今回取り上げるのはベルギーの小都市ブリュージュです。世界遺産の街として有名ですが、ここではNPOを中心に地域が一体となるという、
日本では見られない形の認知症対策が行われているのです。このスタイルを取り入れようと、日本の地方自治体からも多くの視察団が派遣されています。
世界でも珍しい、ブリュージュNPO主体の認知症政策に迫ります。

認知症に優しい街、ブリュージュ

まずは、ブリュージュがどんなところなのかを見てみましょう。

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面積:138.40km²
人口:約11万6千人
認知症患者数:約2000人
認知症患者自宅療養率:およそ3分の2 

面積は川崎市と同程度ですが、人口は川崎市の10分の1以下です。中世からの街並みが世界遺産として残るのどかな街、といった印象でしょうか。
 
一方で、ブリュージュは「認知症対策のリーディングケース」という別の顔も持っています。
2010年に「認知症に優しい街」を宣言し、ベルギーの社会活動に報奨金を授与する「故ボードワン国王賞」を受賞しました。さらに2年後の2012年には、EU域内のコミュニティの中から「認知症と上手に生きるEFID賞」に選ばれています。

■「自宅療養×地域の見守り」ー認知症政策を牽引するNPO法人フォトン

ではなぜ、ブリュージュのような小さな町が、世界的に注目されるような成果をあげることができたのでしょうか?
答えは、その活動の中心を担うNPO法人フォトンにありました。
 
フォトンは90年代後半にブリュージュで設立された、常任メンバー数人のNPO法人で、現在はブリュージュの見守り体制を円滑に動かすための各アクター(後述)間のミーティングや、認知症に対する意識をブリュージュの外に広げていく活動をしています。

フォトンの歴史と特徴

ブリュージュ認知症対策の成功例となるまでのフォトンの経緯を見てみましょう。代表のバルト・デルトゥール氏は、この活動のきっかけとして、介護施設で働いていたときに見た光景をあげています。
「施設には悲惨な状態に置かれている人がいた。死んだような目をしている人もいた。」

これは「認知症の方を施設に閉じ込めてしまうのではダメで、可能な限り自宅で療養してもらい、地域の人々がその生活をサポートするべきだ」というデルトゥール氏の問題意識の根底にある経験でした。

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その後、デルトゥール氏は、州の「ファミリーケア」という組織と協力し、草の根規模の活動を展開していきます。この「ファミリーケア」とは、認知症患者に限らず、社会的弱者が困難なく生活を送れるように、コ・メディカルやボランティアを無償で派遣する組織です。フォトンもファミリーケアの方法を踏襲する形で活動を展開していきました。
 
現在、フォトンの予算は毎年5000ユーロ(約70万円)、中心メンバーはデルトゥール氏と数名の常任スタッフのみです。ここが私たちの注目すべきポイントです。なぜこれほど少ない予算とメンバーで、2000人の認知症の人をカバーし、世界から注目されるだけを実績を挙げられているのでしょうか?
 
答えは、フォトンが15年以上かけて行ってきた草の根活動にあります。行政・病院・商店街・市民の各アクターに地道な啓発活動を行うことにより、認知症を地域全体で見守る」という意識が醸成されてきたのです。
現在では、患者・介護者・見守る人々の一体感が形成されています。認知症は、住民にとって身近なものであり、「みんなで見守っていくもの」として生活に溶け込んでいます。
認知症に対して地域全体の理解・協力を得ること」は認知症政策を展開する上で必ずと言っていいほど課題になる論点です。街全体でこのような意識を作り出すことに成功したフォトンの実績には、目を見張るものがあります。
 

■意識が高いだけじゃない!~各アクターの有機的な連携体制~

ブリュージュの素晴らしい点は、単に「認知症の人をみんなで見守ろう」という意識が共有されているだけでなく、それに基づいて市内の各アクターが役割を分担して有機的に連携し、実際に効果を上げている点にあります。
ここでは5つのアクターの役割を具体的に見ていきたいと思います。

警察―徘徊している人を即座に探し出す 

警察は常時から、徘徊の可能性がある人のデータベースを構築しています。加えて、実際に徘徊する人が出た際には、その人について「認知症の進行段階」「以前徘徊した場所」「かつて住んでいたところなど立ち寄りそうな場所」の情報を病院・市民から収集します。
この体制により、徘徊の通報があってから患者の発見まで、平均してわずか2時間という驚くべき数字を達成しています。

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病院―診断・推移の見守り・連携 

ブリュージュの病院の役割は、「〇〇段階の認知症ですね、こういう点に気を付けてください」では終わりません。診断後も認知症の方のケアに気を配り、さらに病状の推移を見守るところまで責任をもって実行しています。この役割は、医師/コ・メディカルからなる医療チームと見守りボランティアの連携の下で行われています。

商店街―生活の場と意識のリマインダー 

認知症の方の多くが自宅で療養し、ごく普通に外出するブリュージュでは、商業施設でも認知症の方を受け入れる体制が必要になります。従業員はフォトンから、認知症の方がお客さんとして来店した場合にどう対応するべきか研修を受けます。
また、各商店の目立つ位置に「認知症のお客様歓迎」のメッセージを示す赤いハンカチのマークが掲げられています。これには、認知症の方とその介護者へのアピールとなるだけでなく、一般市民に「認知症は地域全体で見守るもの」という認識をリマインドする役割も果たしています。

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市民―ブリュージュ方式の実働部隊

先述の通り、フォトンの常任メンバーは数人です。よって、プロあるいはボランティアとしての市民がブリュージュ認知症対策を支える実働部隊といえます。
まず、熟練したプロのケアコーディネーターがオーダーメイドの介護・生活支援プランを策定します。ボランティアは、認知症の方とのコミュニケーションのコツを記した冊子の提供と2時間の研修をフォトンから受け、その後に実際に認知症患者の方の介護に携わります。

NPO法人フォトン―ハブとして街全体を動かす

ブリュージュの体制の中心となっているフォトンは、先の4つのアクターに対してロビイング、セミナー、訓練等を行っています。小さくとも頑丈なハブ兼潤滑油として、この大きなプロジェクトを回しているのです。
 

NPO法人フォトンの目指すゴールとそのための取り組み

このプロジェクトを通してフォトンが目指すゴールは以下の2点に集約されます。

認知症の方が「自宅」で質の高い生活を送れるようにすること。

この目標の根幹に、デルトゥール氏の介護施設での経験があるのは先述の通りです。これを達成するため、認知症の方には必要であれば、一日中切れ目なく自宅で寄り添う支援が提供されます。
NHKの「ニュースウォッチ9」で紹介された事例を見てみましょう。患者は女性で、症状が進行し身の回りのことがほとんど自分でできなくなってしまっています。この女性の自宅に、午前中は介護士が訪問し食事・入浴・健康管理を行い、午後はボランティアが訪れゲームなどを楽しみながら女性に寄り添います。

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 介護者の充実したケア体制を構築すること

認知症の方の介護にあたっては、その家族など介護される方への精神的負担も考慮しなければなりません。これを軽減するため、認知症の方とその介護をされる方向けに、音楽を楽しむ集い・朗読会・体操・季節の行事・誕生会などが行われています。これには認知症の進行を遅らせる効果が期待されるだけでなく、その場で介護される方同士が集まって悩みを共有したり専門家のケアを受けたりすることができるのです。
 

■日本との比較―第三セクターボトムアップ式活動がカギ

ここまで書いてきたように、NPOが中心となり、認知症の方が自宅で生活できるようなシステムをもつブリュージュには、日本の地方自治体からも多くの視察団が訪れています。視察団が海外に出向くということは、国内にブリュージュに類似する事例がないことの裏返しです。国内の認知症対策先進自治体で中心となっているアクターは、行政・医師会・市民のいずれかであり、NPOが中心となっているケースは無いのです。
 
では、日本にブリュージュ型の認知症対策を導入することは可能なのでしょうか?
残念ながら、この問いに答えるために必要な、ブリュージュの詳細な定量的データを入手できなかったので(フランス語かオランダ語を理解できれば入手できると思われますが…)、ブリュージュ型対策を導入するうえで最大のボトルネックになると思われる、日本とブリュージュの違いを挙げておきましょう。
 
それは、NPOと行政との関係です。日本での現在のNPOの位置づけは、トップダウン式の行政を補完する安価な下請け組織となってしまうことが大半です。ボトムアップ式の政策提言を行う組織としてはまだまだ受け入れられにくいのが現状です。
 
一方欧州では、ボトムアップ式の活動行政から独立した活動NPOが関わっている事例が多く、日本とは環境が異なっています。日本でNPOといえば市民活動団体というイメージが強いですが、欧州では専門家集団としてのイメージが強いのです。この点については私たちの活動理念とも共通するところが大きいように思います。

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よって、NPO中心のブリュージュ型対策を導入する前提として、NPOと行政の関係を欧州のそれに近づけていく必要があります。そのためには、行政に対する粘り強い働きかけが必要なのは言うまでもありませんが、同時にNPO自身も、より高い専門性を目指して努力していく必要があると言えるでしょう。
 
また、NPOが行政を動かすポジションに就けたとして、その後も各アクターの意識形成に向けた辛抱強い努力が必要とされます。ブリュージュでは、フォトンの設立から「認知症に優しい街」宣言まで15年を要しています。
 
以上を踏まえると日本でブリュージュ型の認知症対策を導入するためには、いわゆる第三セクターの尽力が必要不可欠でしょう。
私たち、NPO法人政策会議も、その一翼を担う存在として引き続き邁進していきたいと思います。
 
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参考サイト

ベルギーブリュージュ認知症対策が注目される理由、日本からの視察希望が続々 栗田路子|WEBRONZA  http://webronza.asahi.com/global/articles/2914092400004.html
Pioneering dementia-friendly community in Bruges - BBC News  http://www.bbc.com/news/health-21516365
Is Bruges the most dementia-friendly city? | Society | The Guardian  http://www.theguardian.com/society/2015/apr/21/bruges-most-dementia-friendly-city